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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9081号 判決 1971年12月27日

原告 関根照子

<ほか三名>

右原告四名訴訟代理人弁護士 福地明人

同 岡部保男

同 白石光征

被告 株式会社野沢喜六商店

右代表者代表取締役 野沢喜六

右訴訟代理人弁護士 久保文雄

被告 袖山建設株式会社

右代表者代表取締役 袖山光芳

右訴訟代理人弁護士 山本治雄

主文

一  被告株式会社野沢喜六商店は、原告関根照子に対し金二六〇万八九三〇円及び内金二三八万八九三〇円に対し昭和四六年六月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社野沢喜六商店は、原告関根明子、同関根典子、同関根勝男各自に対し金二二一万六五三六円及びこれに対する昭和四六年六月五日以降完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

三  原告関根照子の被告株式会社野沢喜六商店に対するその余の請求を棄却する。

四  原告らの被告袖山建設株式会社に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

五  訴訟費用中原告らと被告株式会社野沢喜六商店との間に生じたものは全部同被告の負担とし、原告らと被告袖山建設株式会社との間に生じたものは全部原告らの負担とする。

六  本判決の一、二項は、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一  請求原因一(本件事故の発生)の事実は当事者間に争がない。

二  同二(昭男の死亡)の事実も当事者間に争がない。

三  同三(被告らの責任)について考察する。

(一)1(1)イ 被告野沢商店は各種建材の販売、施工を目的とする会社であり、被告袖山建設は倉庫その他の建設工事の施工を目的とする会社であること及び被告袖山建設はミヤコシ紙興業株式会社から本件建物の修繕補修工事を請負い、右工事のうちスレートによる屋根の葺替工事(以下本件工事と略称)を被告野沢商店に下請させたものであることは当事者間に争がない。

ロ 本件事故発生の当時藤沢一夫、中田松男及び昭男が本件工事に従事していたことは被告野沢商店の認めるところである。しかし、右三名が同被告に雇傭されていたとの原告らの主張については、証明が充分でなく、却って≪証拠省略≫によれば、被告野沢商店は、少くとも契約の形式の上では本件工事の施工を藤沢一夫に下請させ、中田と昭男は藤沢に使用されて本件工事に従事していたものであることが認められる。しかしながら右の事実関係から、被告野沢商店が本件工事の事業主でないとは即断できない。けだし事業主は労働基準法上、使用者として同法所定の諸々の義務を負うもののところ、労働者保護の同法立法の本旨に鑑みれば、右認定のような下請関係にある場合であっても実質的に見て元請負人と下請負人との間に使用従属関係が存在すると認められるときは、元請負人を当該工事の事業主と認めるを相当とするからである。この見地に立って本件を考察するに≪証拠省略≫によれば、被告野沢商店はスレートその他の各種建材を販売するほか右各種建材を使用して施工する工事の請負をも業とするものであること、しかしその請負った工事を施工するに必要な労働者を雇傭してはおらず、藤沢のようになんにんかの労働者を配下にもってある程度まとまった労働力を他に供給する能力をもっているいわゆる親方に下請の形式で右工事を施工させてこれを完成することにしていたこと、被告野沢商店がこのような形で下請をさせている親方は一二、三人おり、藤沢はその一人であるが、藤沢は資力を有せず、専ら被告野沢商店からのみ工事の施工を下請けし、施工に要する資材はもちろん所要の道具や保護帽(野沢商店のマーク入りのもの)の類まですべて同被告から無償で提供を受け、同被告の自動車で工事現場まで送ってもらったこともしばしばあり、施工については同被告の従業員であって請負工事関係の責任者である松島照忠からいろいろ指図を受けていたこと、被告野沢商店と藤沢との下請契約における請負代金については、一平方メートル若しくは一メートル当りいくらという単価を基準として約定する方法(以下これを出来高方式と呼称することにする。この方式は下請工事が比較的大きい場合に採られた。)と、藤沢が下請にかかる当該工事施工のために働かせた配下の労働者即ち中田や昭男に支払うべき賃金の合計額と同一の金額として約定する方法(この方法は下請工事が比較的小さい場合に採られ、この方法による場合の方が出来高方式による場合よりも多かった。この方法による場合の下請代金は常備金と呼ばれていた。以下この方法による場合を常備金方式と呼称することにする。なお、この方法によるときは藤沢の収支は相等しく同人が下請によって挙げる利益は皆無となることが注目される)とがあり、このようにして決められる下請代金は下請にかかる工事が完成したか否かには必ずしもかかわりなしに、毎月末に、当月になされた仕事量若しくは中田や昭男が働らいた日数に見合う分だけが計上され、この合計金額に交通費名目の一定金員(これも藤沢から中田や昭男に交通費として支給されたものと同一金額)が付加されたものが同被告から藤沢に支払われていたこと、しかし、右に述べた下請代金決定方法もこの下請工事についてはこの方法というように確定的には決められないこともあり、昭和四五年二月二三日から同年三月一五日までかかった本件工事の下請については同年二月末日までは出来高方式が採られ、同年三月一日以降は常備金方式が採られたものであること、以上のような事実が認められる。≪証拠判断省略≫以上認定の事実によれば、藤沢が自ら事業計画を樹て、経営の危険を負担する独立の事業主であったと認めるのは困難であり、他方藤沢が被告野沢商店から支払を受けていた下請代金なるものはその金額決定方法ないし支払方法に徴すれば藤沢が完成した仕事に対する報酬というよりは、むしろ同人及びその配下の労働者の労働に対する対償としての性質を極めて濃厚に帯びており、従って本件工事における被告野沢商店と藤沢との関係が前判示のように下請関係であったとしてもそれは単に契約の形式でそうであったというに過ぎず、実質的には被告野沢商店は藤沢及びその配下の中田や昭男を同被告の被用者同然に使用し、藤沢らは同被告に従属してその企業組織中の労務部門の一翼を担当していた関係すなわち使用従属の関係に在ったものと認めざるを得ない。右認定に反するような証拠はない。そうだとすると、被告野沢商店は本件工事についての事業主であったことになり、藤沢、中田及び昭男は同被告に使用される労働者であったということになる。そして以上認定したところによれば、被告野沢商店が本件工事について労働基準法上の使用者に該当することは明らかである。

ハ 被告袖山建設が本件工事の元請負人であることは前示のとおりである。この事実によれば、同被告は災害補償については、本件工事における使用者とみなされる(労働基準法第八七条一項、労働基準法施行規則第四八条の二、労働基準法第八条三号)。しかし右事実のみから、当然に同被告が本件工事の事業主であったと考えることはできない。また、元請負人である被告袖山建設が下請負人である被告野沢商店に対し工事上の指図をし若しくはその監督のもとに工事を施工させ、その間に使用者と被用者との関係又はこれと同視し得る関係すなわち使用従属の関係があったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって≪証拠省略≫を総合すると被告ら間には右のような使用従属の関係は存しなかったものと認められる。従って被告袖山建設は、災害補償の点についてを除けば、本件工事について労働基準法上の使用者と認めることはできない。

(2) ≪証拠省略≫によれば、本件建物の屋根は勺配一〇対三・五の切妻型で、棟の高さはコンクリートの床面から七・二七メートルあり、〇・八三メートル間隔に設置された巾五センチメートル位の軽量鋼材の母屋材の上に波型スレートが金具で取り付けられた構造のものであること、右スレートは普通の大人の体重程度の荷重がかかるとこれを支えることができずに破損してしまうこと、本件工事すなわち本件建物の屋根の上で作業するスレート葺替工事は作業員が一歩足を踏み外せばスレートを突き破って床面に墜落する危険があり、殊に本件事故発生当日は、その前々日に大雪が降り当日も午前一一時ごろ霰のような雪が少し降ったため、足場になる母屋材やスレートが多少濡れていて滑り易くなっており、また吸水性あるスレートは湿って弾力が弱まり荷重に対し一層破損し易い状態にあったこと、本件事故発生の数時間前の午前一一時ごろ中田は本件建物の屋根の棟の母屋材上を歩いているとき足を滑らせてスレートを踏み抜き、危く墜落しそうになるという事故を起したこと、昭男は墜落の寸前まで棟の母屋材を足場にして棟に当てる山型スレートの取り付け準備作業である糊塗り作業に従事していたものであること、当日は無風であったこと、以上の事実が認められ、これによれば昭男が墜落したのは足が滑ったか足を踏み外したかしたためであることは明らかであり、本件事故は典型的な踏み抜き事故である。

被告野沢商店が本件工事について労働基準法上の使用者に該当することは前認定のとおりであるが、同被告としては本件工事に従事する労働者に対し、踏み抜きその他による墜落災害を防止するため安全設備の設置その他の必要な措置を講ずべき義務があった。踏み抜き防止に限定してこれを具体的に言えば、巾三〇センチメートル以上の歩み板を本件建物の屋根の上に設けるとか屋根の下に防網を張るとか、命綱を安全に取り付けるための設備を設けたうえで労働者に命綱を使用させるとかすべき義務があった(労働安全衛生規則第一一二条参照)。

次に被告袖山建設が災害補償の点についてを除けば本件工事について労働基準法上の使用者と認め難いことは前判示のとおりであるから同被告が右使用者として前記の墜落災害防止のために必要な措置を講ずべき義務があったとは認められない。なお、被告野沢商店と被告袖山建設との間の本件工事下請契約においては被告袖山建設から被告野沢商店に対して歩み板等を提供する約束になっていたことについては被告袖山建設の明らかに争わないところであり、これを自白したものと看做されるが(因みに、≪証拠省略≫によると被告袖山建設は右約束に基ずき本件工事が始ったころ、足場板ないし歩み板として使用すべき長さ四メートル、巾二一センチメートル、厚さ三・六センチメートルの板六枚を本件工事現場に運んで被告野沢商店に無償貸与したことが認められる)、単に右のような約束が存したとの事実から被告袖山建設が前記墜落災害防止のために必要な措置を講ずるべき義務を当然に負っていたものと解することはできず、他に同被告が右義務を負うべき根拠となる事実について原告らは何ら主張するところがない。従って同被告が右義務を負うことを前提として同被告に違法な不作為ないし作為があったとする原告らの主張はすべて採ることができない。

ところで≪証拠省略≫によると被告野沢商店は、本件工事が始められたころ前判示のように被告袖山建設から無償貸与を受けた歩み板用の板六枚及び二人分の保護帽と命綱(これらは中田と昭男が着用)を藤沢に提供したが、それ以上に墜落災害防止のために必要な前示のような措置は何も講ぜず、藤沢が右の板を歩み板として使用せずに放置しているのを黙認していたことが認められる。これが同被告の前示義務に違反するものであることはいうまでもない。

被告野沢商店に右認定の不作為がなかったとすれば本件事故はゆうに防止できたものと考えられる。従って本件事故は同被告の前認定の違法な不作為に起因するものと断じなければならない。

なお、原告らは、本件事故当日は悪天候のため作業実施に危険が予想されたから被告野沢商店としては本件工事に中田や昭男を従事させてはならない義務があったにかかわらず敢て作業を中止させることなくこれを実施させ、この点で被告野沢商店は、墜落災害防止措置義務に違反したと主張するが、本件事故当日の天候が本件工事に労働者を従事させてはならないほどの悪天候であったと認めるべき証拠はないから右主張は採り得ない。

2 野沢喜六が本件事故発生当時被告野沢商店の代表取締役であったことは当事者間に争がない。従って同人としては本件工事の施工につき、これに従事する昭男を含む労働者に対し墜落災害防止のための安全設備の設置その他の必要な措置を講ずるべき義務を負っていた同被告の経営担当者たる取締役としての職務を行うにつき、右の措置を充分に講じて墜落災害の発生を未然に防止すべき注意義務があったものというべきところ、前判示のとおり右の措置が殆んど講ぜられなかったことから推認すれば、同人には右注意義務を怠った過失があったものといわなければならず、被告野沢商店の前示違法な不作為は、野沢喜六の右過失に因るものといわざるを得ない。よって被告野沢商店は、民法第四四条一項、第七〇九条によって損害賠償の義務を負うものである。

袖山光芳が本件事故発生当時被告袖山建設の代表取締役であったことは当事者間に争がないが、同被告が本件工事の施工につきこれに従事する昭男を含む労働者に対し墜落災害防止のための安全設備の設置その他の必要な措置を講ずるべき義務を負っていたものとは認められず、従って同被告が右義務を負うことを前提とした同被告の違法な不作為ないし作為が認められないこと前判示のとおりである以上、これと反対の前提に立って被告袖山建設が民法第四四条一項、第七〇九条によって損害賠償義務を負うものとする原告らの主張ないしこれを前提とする請求は、その余の判断をなすまでもなく失当である。

(二) 被告らの責任についての原告らの請求原因三の(一)ないし(五)の主張ないし右各主張を前提とする請求は、原告らの弁論の全趣旨によれば、順次に予備的に若しくは相互に選択的になされているものと認められるが、被告野沢商店に関しては、右(一)の主張の認められること前判示のとおりであるから右(二)ないし(五)の主張ないしこれを前提とする請求については以下において判断をしない。

被告袖山建設が被告野沢商店に対し本件工事上の指図をし若しくはその監督のもとに工事を施工させその間に使用者と被用者との関係又はこれと同視し得る関係があったと認められないことは前判示のとおりであるほか藤沢一夫及び松島照忠が本件工事の施工につき被告袖山建設の指揮、監督を受けていたと認めるに足りる証拠はない。従って被告袖山建設が民法第七一五条一項により損害賠償義務を負うものとする原告らの主張ないしこれを前提とする請求はその余の判断をなすまでもなく失当である。

(三) 被告袖山建設が本件工事について事業主とは認められず災害補償の点についてを除き労働基準法上の使用者と認められないことは前判示のとおりであるから同被告に原告らが請求原因三の(三)で主張するような義務ないし違法な作為があったとは認められず、従って同被告に右義務ないし違法な作為があったことを前提として同被告が民法第四四条一項、第七〇九条によって損害賠償義務を負うものとする原告らの主張ないしこれを前提とする請求はその余の判断をなすまでもなく失当である。

(四) 原告らは、被告袖山建設が本件事故発生の当時本件建物を占有していたと主張する。被告袖山建設代表者の供述によると、被告袖山建設では本件工事に付随した作業をやらせるため、本件事故発生の当日二名の従業員をして本件建物内で仕事をさせており、被告袖山建設社長袖山光芳も仕事の状況を見るため工事現場に来ていたことが認められるが、≪証拠省略≫によれば、本件建物の屋根の葺替工事である本件工事は、被告袖山建設がミヤコシ紙興業株式会社から請負った本件建物の修繕補修工事の主要部分を占めるものであって、右修繕補償工事としてはほかに樋の取替工事(被告袖山建設はこれも他の業者に下請させた)及び本件工事に付随した作業があるのみであり、右修繕補修工事の施工中も本件建物内にはミヤコシ紙興業株式会社の従業員がいて同会社の仕事をしていたことが認められる。このような事実関係のもとでは被告袖山建設が本件事故発生の当時本件建物を独立に占有していたとは到底認めることができない。従って同被告が本件建物の占有者であったことを前提として同被告が民法第七一七条一項による損害賠償義務を負うものとする原告らの主張ないしこれを前提とする請求はその余の判断をなすまでもなく失当である。

四  請求原因四(損害)について判断する。

(一)  (昭男の得べかりし利益)1 昭男が本件事故当時満三七才の男子であったことは、被告野沢商店の認めるところであるが、≪証拠省略≫によれば、昭男は、前記藤沢に勧められて本件事故の二十数日前である昭和四五年二月一一日ごろから同人の配下となって被告野沢商店のスレート葺きやベニヤ張り等の仕事をやるようになったものであり、日給が二、七〇〇円であったこと、昭男は健康体であり、かつ右の仕事も多いので若し本件事故にあわなかったとすれば昭男は一ヶ月平均で少くとも二〇日間を下らない日数は稼働し続けたと思われること、なお、昭男はそれまで年八年間程焼鳥屋をしていたものであるがその営業では一ヶ月平均二〇万円位のあら利益から諸経費を控除した純益一〇万円位を挙げていたものであって同人が焼鳥屋の営業を妻の原告照子に任せて前示のように藤沢の許で働くようになったのは藤沢から今のうちにスレート葺等の仕事を覚えれば将来金になるともちかけられたためであったこと、昭男生前の原告ら一家の生活費は一ヶ月平均五、六万円であり、このうち昭男自身の生活費は多くともその三割は超えなかったこと、以上の事実が認められる。ところで満三七才の日本人男子の平均余命が三四年余であることは厚生省発表第一二回生命表の記載によって明らかであるが、本件事故当時満三七才であった昭男は本件事故にあわなかったとすれば少くとも六〇才になるまでの向後二三年間、屋根のスレート葺等の労働に従事するか或いは慣れた焼鳥屋の営業を続けるかして稼働することができたものと考えられる。以上の事実を前提にすると、昭男は本件事故にあわなかったとすれば、向後二三年間は稼働して毎年少くとも原告らの主張する四五万三六〇〇円(2,700円×20×12=648,000円,648,000円-(648,000円×0.3)=453,600円)程度の収入を得ることはゆうにできたものと考えられ、従って昭男は本件事故にあったため、この得べかりし収入を失う損害を被ったものといわなければならない。これをホフマン式計算方法(年毎方式)によって民法所定年五分の割合による中間利息を控除して本件事故発生日現在の一時払い金額に換算すると(年金現価率を一五・〇四五とする)六八二万四四一二円となる。

なお、被告野沢商店は、本件工事施工の際同被告は藤沢に歩み板を提供したのに同人や昭男らはこれを使用しなかったと主張し、被告野沢商店が藤沢に歩み板用の板を与えたことは前認定のとおりであるが、証人中田松男の証言によると、前叙のとおり本件事故当日午前一一時ごろ中田が足を滑らして危うく墜落しかかるという事故が起ったとき、昭男は藤沢及びたまたま工事現場に工事進捗状況を見に来た前記松島に対し、歩み板がないと危いと言ってその設置を求めたにかかわらず藤沢と松島はそのような例はあまりないからと言ってそれにとりあわなかったことが認められるのであって、藤沢の配下であり、実質上被告野沢商店に使用される身の昭男にそれ以上のことを期待するのは無理であるから、昭男が同被告から藤沢に提供された板を歩み板として使用しなかったとしても同人に過失ありということはできず、従って本件ではいわゆる過失相殺の余地はない。

よって昭男は死亡の際被告野沢商店に対し前記六八二万四四一二円の損害賠償請求権を取得したものというべきである。

2 原告照子が昭男の妻であり、原告明子、同典子、同勝男が昭男の子であることは、被告野沢商店の認めるところであるから原告らはその法定相続分に応じて、昭男の1の損害賠償請求権のうち原告照子はその三分の一(金額二二七万四八〇四円)、その余の原告らは各自その九分の二(金額一五一万六五三六円)ずつを相続したことになる。

3 原告照子が本件事故に因り労災保険の遺族補償給付として一〇三万四八〇〇円の給付を受けたことは、当事者間に争がない。しかし以上認定の事実及び原告ら弁論の全趣旨によれば同原告の受けた右遺族補償給付によっててん補されたのは同原告が昭男から相続した損害賠償請求権のうち本訴で訴求していない部分と認められるから、同原告が右遺族補償給付を受領したとしても同原告の右損害賠償請求権のうち本訴請求にかかる部分には何ら影響がない。

(二)  (慰藉料)≪証拠省略≫によれば、原告照子は昭男と昭和三二年に結婚し、昭男との間にその余の原告ら三名をもうけ、本件事故にあうまで昭男を一家の支柱として平和な生活を送ってきたものであること、その余の原告ら三名はいずれも昭男の子として同人に可愛がられて生長してきたが、いずれも未だ若年であって一人前に成長するまでにはなお相当の年令を加えなければならないことが認められるが、夫であり父である昭男の死亡が、原告らに現在ないし将来にわたる物心両面の苦痛をもたらすことは明白であり、原告らは本件事故で昭男を失ったことに因り甚大な精神的苦痛を被ったものと考えられる。それで被告野沢商店は原告らに対し相当額の慰藉料を支払うべきであるが、その金額は本件諸般の事情を斟酌すると、原告照子については一〇〇万円、その余の原告らについては各自七〇万円をもって相当と認める。

(三)  (葬儀費) 1 ≪証拠省略≫によれば、昭男の葬儀に関する費用として原告照子は被告野沢商店で負担してくれた祭壇費を除いて二九万四五八六円(香典返しのための品代八万三〇五〇円を含む)を支出したことが認められるが、右支出額は葬儀に要した費用として相当額と考えられる。そして右事実によれば原告照子は、本件事故で昭男が死亡しその葬儀等をしたことに因り、同原告の右支出金額から右香典返しのための品代金額を差引いた残額である二一万一五三六円の損害を被ったものと認められる。同原告の支出した葬儀費用の一部が同原告の受領した労災保険の葬祭料でまかなわれたことは、同原告の自認するところであるが、その金額は、労働者災害補償保険法第一七条、同法施行規則第一七条の各規定の趣旨、前述のとおり昭男の日当は二、七〇〇円であったが、同法第一二条の二所定の給付基礎日額(労働基準法第一二条所定の平均賃金額)は、≪証拠省略≫によって窺われる同人の稼働日数から考えて二、七〇〇円よりも若干下廻っていたものと思われること並びに原告照子が同原告が昭男の葬儀のために支出した金額は、労災保険による葬祭料でまかなったものを除いて一八万一九七六円であると主張していることを総合すると、前記二九万四五八六円と右一八万一九七六円との差額である一一万二六一〇円であったと推認される。従って原告照子の被った前記二一万一五三六円の損害のうち一一万二六一〇円は右葬祭料の受領でてん補されたものというべきであり、その残額が九万八九二六円となることは計数上明らかである。

2 被告野沢商店は原告照子に対し昭男の葬儀費用として一〇万二八〇〇円支払ったと主張する。この主張のとおりに認めるに足りる証拠はない。もっとも、原告照子本人の供述によると昭男の葬儀のための祭壇費一〇万円余は、被告野沢商店が原告照子に支払う代わりに直接葬儀店に支払ったことが認められる。しかし1で認定の事実及び弁論の全趣旨によれば原告照子は本訴において右祭壇費を同原告の支出した葬儀費用に加えてその支出をしたことに因る損害賠償請求権を主張しているものでないことは明らかであるから、被告野沢商店による右祭壇費の支払の事実は、原告照子の本訴請求にかかる右損害賠償請求権に何ら消長を来たすものではない。

3 被告野沢商店が原告照子に対して昭男の葬儀費用として五万円の支払をしたことは同原告の認めるところである。そして1で認定の事実及び同原告の弁論の全趣旨によると右五万円が、同原告の葬儀費支出に因る損害賠償請求権のうち本訴で請求していない部分に充当されたものと認めることはできず、その全部が右損害賠償請求権のうち本訴請求にかかる部分(その残額九万八九二六円)に充当されたものと認めなければならない。その結果右損害賠償請求権の残額が四万八九二六円となることは計算上明らかである。

(四)  (弁護士費用) ≪証拠省略≫によると、原告照子は本訴提起前である昭和四五年九月七日ごろ本件訴訟で原告らの訴訟代理人をしている弁護士福地明人、同阿部保男、同白石光征の三名に被告らを相手に本件損害賠償請求訴訟を提起することを委任し、その際右弁護士らに着手金として一〇万円を支払い、更に本件訴訟で勝訴したときは右弁護士ら所属弁護士会の弁護士報酬規定による成功報酬として二二万円の支払をなす旨の約束をしたことが認められ、これによれば原告照子は右弁護士らに本件訴訟の委任をすると同時に、一〇万円の着手金支出による損害を受け、更に本件訴訟で勝訴することを条件として二二万円の成功報酬支払債務負担による損害を被ったものというべきである。しかして右本人の供述によると原告照子が弁護士にこのような委任をしたのは被告野沢商店が本件事故に因る損害賠償問題につき一方的に五〇万円で示談にしてくれと求めるだけであったため同被告との間でこの問題を話し合いで解決する余地がなくなったためであったことが認められるので原告照子の被った右損害はひっきょう本件事故に因る損害の一つと見られ、右弁護士費用は本件事案の難易度、請求額、認容される金額その他諸般の事情を斟酌すると相当額と認められるので、右損害は本件不法行為と相当因果関係に立つものというべきである。従って被告野沢商店はこれを原告照子に賠償すべき義務がある。

(五)  (遅延損害金) 以上認定の事実によれば、被告野沢商店は、原告照子に対し、同原告の(一)の2に同原告の相続した分として判示した金額のうち本訴請求にかかる一二四万〇〇〇四円、(二)に同原告の分として判示の一〇〇万円、(三)の3に判示の四万八九二六円、(四)に判示の一〇万円(着手金)以上計二三八万八九三〇円の損害賠償請求権、原告明子、同典子、同勝男各自に対し、同原告ら各自の(一)の2に同原告らの相続した分として判示の一五一万六五三六円、(二)に同原告らの分として判示の七〇万円計二二一万六五三六円の損害賠償請求権に各対する本件事故発生の後である昭和四六年六月五日以降完済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。しかし前認定の事実関係のもとでは原告照子の(四)に判示の二二万円(成功報酬)の損害賠償請求権については、被告野沢商店が同原告に対し、遅延損害金の支払をなすべき義務があると解するのは相当でない。

五(結び) 以上のとおりであって、被告野沢商店に対する原告照子の本訴請求は、四の(一)の2に同原告の相続した分として判示の金額のうち本訴請求にかかる一二四万〇〇〇四円、四の(二)に原告の分として判示の一〇〇万円、四の(三)の3に判示の四万八九二六円、四の(四)に判示の一〇万円と二二万円の計三二万円以上合計二六〇万八九三〇円及び四の(五)に同被告が同原告に支払うべきものとして判示の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容しその余は失当であるからこれを棄却する。

被告野沢商店に対する原告明子、同典子、同勝男の本訴請求はいずれも全部理由があるのでこれを正当として認容する。

被告袖山建設に対する原告らの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却する。

訴訟費用の負担については民訴法第八九条、第九二条、第九三条一項を、仮執行の宣言については同法第一九六条一、四項をそれぞれ適用する。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎富哉)

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